HOME > 堀江 良佑

堀江 良佑

生年月日 1984年5月10日
出身地 愛知県名古屋市
血液型 O型
趣味 妻や子どもたちと遊ぶこと
好きなスポーツ 剣道、キックボクシング
資格 鍼師、灸師、あん摩マッサージ指圧師
所属 スポーツマッサージ歴8年 フィルアップマスタートレーナー プライマリーモーション指導員

堀江良佑の今までは、

ヤッテミガル!に通じるためにあった。

と、言わざるを得ない。

生誕

生誕堀江良佑は名古屋(愛知県)で生まれた。
調理師の父とやさしい母のもと、まじめを絵に描いたような兄の次に生まれた次男だ。
この段階では、まだ平凡な生活だった。

幼い頃の良佑はとにかく「よく食べる」子供で、幼稚園のお遊戯会で袴(はかま)を着なくてはならなかったのだが、幼稚園で用意された袴ではサイズが無いほどのビッグサイズだった。

小学2年生の時に剣道を始めた。
兄の友人からの誘いでイヤイヤ道場に行ったのだが、全体練習の面打ちの素振りを見た瞬間、ビビッときてそのまま入会した。


デブ

デブ小学5年生の頃、あまりのビッグサイズに「デブ!」といわれたところから始まって、給食のご飯を減らされ、物を隠され、眉間に皺を寄せた同級生に避けられ・・・、いわゆる「いじめ」を受けて、小学生の頃「遺書」を書いたこともあった。
でも、良佑には剣道があった。
剣道に逃げれば、発散して気分が晴れた。
剣道が学校のいじめを耐えさせてくれた。
結局、中学校に進んだときには「いじめ」は全く無くなっていた。

中学入学と同時に剣道の道場を変えた。
中学2年生の時の先輩の卒業式で長時間正座をした。
痺れが限界であったこともあり、立ち上がった瞬間「ボキ!」と鳴った。
最初は何か分からなかったが、右足小指が折れていて一ヶ月、左足は捻挫で3週間かかった。
その時の整形外科の一言が胸に強く残っている。
「もう少し痩せていたら、折れなかったのに・・・」 そう、その頃良佑の体重は100kgほどあった。
誰が見ても太っていることは間違いない。
太っているという「悪」が胸に棘をさした。
だから、痩せると決めた。

それから良佑は、茶碗3杯のごはんでないと満足できなかったはずなのに、胸の棘がそれを阻止して、茶碗の底が見えるほどの量のご飯で無ければ悪と感じた。
甘い飲み物は一切カットした。
その頃流行っていた「風船ダイエット※」を、修学旅行の時も含めて、365日欠かさず続けた。
※風船ダイエットとは、風船に息を吹き込む体幹を鍛えることで、カラダを絞めるダイエット。
1年後、68kgにまで減量に成功した。
その後最も気持ちが緩んだときも80kgを超えることは無く、元の自分に戻ることは無かった。
今は食事を制限することも無く、体重は78kgで安定している。

高校2年の時、剣道の面打ちの瞬間「バキッ!」と音がして、腰骨のヘルニアになった。
とにかく痛かった。
接骨院や気功に通って治した。
4ヶ月ほど必要だった。

高校が大学の附属高校だったことで、大学はエスカレーターで名城大学「人間学部」に進んだ。
必修単位で海外留学が単位取得の必須項目だったが、費用を払えなかった。
20歳のとき、格闘技のK-1に憧れてキックボクシングを始めた。
プロのライセンスまでは取ったが、この頃、原因不明の鬱状態で摂食障害になり、単位の取得も難しい状況だったことも重なって大学を中退した。


転換

転換この頃、ひとりの占い師と出会いがあった。
小柄で白髪の男性だった。
毎週、コメダコーヒーで2~3時間マンツーマンで教え込まれた。
決まった日に決まった願いことをしなければならないことや、お墓参りに行くこと、人間こつこつ生きなければならないことなど、半年ほど夢中になったが、ふと、「ヒッチハイクに行く!」と思い立ち、数日後、豊川インターチェンジから、ボランティアバイトをするために群馬県目指してヒッチハイクをスタートした。

豊川インターチェンジで指を立てて1時間ほどすると、2人組の若者が車に乗せてくれた。
浜松サービスエリアで降り、一夜を明かし、翌朝、ひとりの40代女性が乗せてくれた。
気がつくと愛媛県に着いていた(群馬と逆だ)。
愛媛県までの12時間、この女性は、良佑を叱り続けた。
最後に「お守り代わりに持って行きなさい」と渡された一万円には、グサリと胸をえぐられた。
そして、良佑は、飲み続けていた抗うつ剤を全て捨てた。
愛媛からヒッチハイクで徳島に移動して、徳島のキャンプ場で2週間ほどボランティアバイトをして、一度名古屋に戻ったが、叱り続けてくれた女性にお礼を言うために神奈川の女性宅を訪ねたところ、仕事を紹介してくれることになり、東京の新宿、小守スポーツマッサージに住み込みで働くことになった。
そこでは様々なことを学んだ。

良佑のような下っ端にも懇切丁寧に施術を教えてくれた。
今の良佑の施術はここで培われた。
小守スポーツマッサージで働きながら、鍼・灸・あん摩マッサージ師の国家資格を取るべく学校に通い資格を得た。
プロ野球のトレーナーを志願したが、技術が不足していたのだろう、それは叶わなかった。
まだ若かった良佑は、翌日退職届を出したが、結局それから1年の後、退職し、独立した。


出会い

出会い独立すると、知り合いのフィットネスクラブを頼って施術場所を確保したが、そこでヤッテミガル!の池上信三と出会うことになる。

最初の出会いはそのフィットネスクラブでの新規事業計画立案ミーティングだった。
「はじめまして」この程度だったが、毎日同じ施設内にいるので、徐々に会話をするようになった。
良佑は、スポーツトレーニングと分析の専門家である池上に、 「何か、スポーツに関する資格をお持ちですか?」と声をかけた。
池上は微笑んで 「鍼灸マッサージ師だけです。
でも、プライマリーモーションという資格を私が始めました」と答えた。
良佑には意味が分からなかった。
資格というのは準備されている物で、自分で作るという認識が無かったからだ。
それでも、池上の話に引きつけられて夢中になった。
剣道やキックボクシングをしていた頃の自分の伸び悩みが、これなら解決できると思った。

それからしばらく日が過ぎ、 「ちょっとー手伝ってよー!スゴいの実験するよ!」と、池上から声をかけられた。
2013年5月22日のことだった。
池上は、筋肉を潤わせれば3分後には筋力が上がるはずだというのだ。
ここでの実験の結果は別のページに譲るとして、その結果は、とにかく衝撃的だった。
良佑の頭の中は、「これを使えば、筋力不足に落胆する人たちが、スポーツのレベルアップを目指す人たちみんなが、笑顔になる」と、それ一色になった。
衝撃的な体験したのが自分自身だったからこそ、社会に広めなくてはというエネルギーは相当に大きかった。
今、この方法はチャージと命名されて、専用のKENZOまんというマシンによって笑顔を増やしている。
震災の影響と、東京オリンピックの開催の影響により、施設の耐震検査が行われ、施設の縮小が決まり、2人はこの施設から別の場所に移動することが決まった。
そして移動したのが、ここ、東京都小金井市のヤッテミガル!だ。

とても小さなスタジオだが、池上と堀江の夢を叶える第一歩としては最高の場所だ。
神宮に足を運んでいたお客さんが、30分足を伸ばして小金井にも来てくれた。嬉しかった。
地域の方たちや、まだヤッテミガル!のサービスを知らない人たちに、スポーツや筋力の悩みが解消する場所だってことを知ってもらいたい。


想い

自分が今ここにいるのは、いじめ、肥満、ヘルニア、ヒッチハイク、うつを通過し、それを通して出会った方たちからの教え、学び、があったから。
大切なことはと良佑に聞くと、「役立つこと、希望を与えること」と答える。
そして「少しでも短期間に痛みを解放してあげること、痛みから解放されたらパワフルに先に進むこと」。
「そうすれば、みんなワクワクする」。
「今の自分の笑顔は、以前ワクワク出来なかった頃の自分を思い出すからかもしれない」と続けた。

元来の熱中体質が、今でも良佑の技術を向上させ続けている。


良佑の全ての体験が凝縮して、ひとりひとりに注がれる場所が、ヤッテミガル!だ。


店舗のご紹介

  • 完全予約制
  • 042-401-2453
  • 〒184-0012 東京都小金井市中町4-13-16
  • 不定休
  • 受付時間9:00-19:00 ※日・祝は除く

セッション中など電話対応できない時もございます。
その場合は、折り返しご連絡させていただきますので、
メッセージをお願いいたします。

メールをご利用でしたら、 ヤッテミガルサイト〈お問い合わせ〉より、
ご連絡ください。

詳細はこちら

このページのトップへ